真実は 人の数だけあるんですよ
でも 事実は一つです
『ミステリと言う勿れ』1巻44Pより引用
読書の秋……というにはもう冬の足音が間近に迫る中、いかがお過ごしですか。すっかり空気がはりつめて固く冷たくなってきましたね。
ごきげんよう、ヘビ子です。
秋だけやたらと「読書」だったり「食欲」だったり「芸術」だったりキャッチフレーズに事欠かない季節のような気がしますが、やっぱり冬支度に関係があるんでしょうか。調べてみると面白そうだけど、結局謎は謎のままで放置しがちな私です。
さて、でもせっかくだから「読書の秋」にかこつけて、最近読んで面白かった漫画を紹介したいと思います。
ミステリと言う勿れ
田村由美 著
最初は読み切りとして始まったシリーズで、第1話は78ページの長尺の漫画。
その後に連載になったもの。
1巻のあとがきにて作者が語るところによると、
「舞台劇を意識した閉鎖空間で主人公がひたすら喋るだけの漫画である」
とのこと。
そしてその言葉通り、主人公の男子大学生「久能 整(くのう ととのう)」がひたすら喋る。それはもう、喋って、喋って、話しが展開し、謎が解かれていく。
とにかく喋るので、フキダシの中に詰め込まれた台詞は長く多い(上記リンクから試し読みが出来るので覗いてみてください)が、すらすらと読めてしまう。驚くほどに滑らかに読めてしまう。それだけ作者の漫画力が高いという証明のような気がする。
何故そこまでスムーズに読めてしまうのか。
前述の作者の技量はもちろんだが、私が一番に上げたい理由は、いち読者として、単純に先が気になってしまって読むのをやめられないという体験をさせられてしまうということ。
まるで引力に自然と引き寄せられるように、気が付けば次へ、次へとページを捲る。
こんな感覚は久しぶりだった。まるで学生時代に戻ったかのように、シンプルに、何も考えずに没頭するように読んだ。素晴らしい読書体験だった。
ページを捲るたびに謎が深まるのに、なのに面白い。答えが知りたい。最後に何が待っているのか、犯人は誰なのか、そもそも事件の全貌はどういったものなのか。
こうして書き連ねるととても凡庸な、ありきたりの話をしているようにしてしまうけれど、単純な好奇心、衝動をここまでくすぐられる話は滅多に出会えない。
それほどに、私には波長がぴったりと合ってしまった。
「人間」が「人間をしている」漫画
この漫画の魅力を、どう語ったらいいだろう。
既刊全部を読んで暫く経ったが未だに一言で表そうとすると「とにかく面白かった」という小学生みたいなことしか言えない。
いやでもとにかく面白いので…………
だけどなんとか頑張って言葉を探してみようとすると、まず出てくるのは「人間」が「人間をしている」漫画だということだろうか。
選ぶジャンルによって偏りはあるとは思うが、創作物の登場人物はどこかとても美化されて描かれることが多いように思う。
それはもちろん読みやすさやエンターテイメントとしての物語のために必要な装飾であるから否定するつもりはみじんもないけれど、ふと思ってしまうのだ。
人間はそんなにきれいではない。
そんなことを。
幻想を読んでいることを承知の上で、ふと冷静になってしまう瞬間が、物語の中に一つでもあると違和感を強烈に放ち読者である自分を「正気にさせてしまう」とこがある。
でもこの漫画に出てくるキャラクターは、ちゃんと「人間」なのだ。
そう、作者は人間を語る術を知っている。
最低限の情報で、読者の脳内にとても描ききれない数多の人生を、どれだけ悲しかったのか、幸せだったのか、たったの数ページで色鮮やかに、胸に刺さるほどに、語る術を知っている。
それは本質を突いているからだ。
必要なことしか描いていないからだ。
すべてを語れば冗長になり過ぎてしまうことをすっぱりといっそ足りないくらいで描いて、明確に描いていないものを読者の脳内に鮮やかに描くことに長けている。
だから、心に響く台詞がある
このページの試し読みが、おそらく一番長く読める試し読みなので少し読んで頂きたいのだが…
https://flowers.shogakukan.co.jp/rensai/mysterytoiunakare.html
この中にもすっきりする台詞がいくつも書かれている。
良ければご自身で確かめてみて欲しい。
この漫画は、基本的には何かしらの事件は起こり、最終的には解決に導くのを趣旨としているので「ミステリ」と言えるのだろうけれど、(またはサスペンス)基本的な謎解きの他に、日常生活で感じたことのあるもやもやした、言葉にしにくいけれど確かにある感情に対する一つの答えをすっきりと提示してくれたり、散らばっていた思考をまとめてくれるようなはっとするものをまるで例題のように漫画で示してくれる。
「だれかにこう言ってほしかった」
そんな言葉が随所にある。
例えば、これは後から知ったけど一部を引用して「これだよこれ!!」というつぶやきがバズったことがあったらしい。
(これは2巻に収録されています)
こういった小ネタを挟みながら、物語の主流に気が付いたら流されているのだけれど、この小ネタがまた小気味よく、読んでいて気持ちがいいのだ。
伝えたいことがあっても、それを相手にうまく伝えること、というのはものすごく難しいことだ。
たとえ話を持ち出したり、出来る限り相手ならこう考えると分かりやすいだろうかと自分なりに考えてプレゼンをするが、しかし、そういった働きかけでうまいこと伝えることが叶うのは100億分の1くらいかもしれない。(数字はいい加減ですが、そのくらいの規模の確率で難しいものだと私は思っている)
もちろん人によってこれでも分かって貰えることは少ないけれど、でもピンときたひとは確かに何かに気づくのだ。
それは「こう言ってほしかった」という肯定感だったり、「そういうことなのかもしれない……?」という気づきの種だったり、その作用は大小さまざまだけど、でも読んだ人に「何か」を与えてくれる。
一つの作品の中で、おそらくここまで多くの答えをあらゆる方向から提示してくれるのはなかなか無いんじゃないだろうか。
そう思わせることが、既刊7巻の中に数多くある。
伏線の正しい使い方
この漫画の感想を漁ると、「伏線がすごい」というのを目にする。
私はその感想に、元気に「それな!!!!!!!!!」と同意を返したい。
基本的にはエピソードごとに一つの大きい事件が主軸にあり、犯人がいて、動機の説明がセットである。
でも、その中にちょっと引っかかる主人公の過去を匂わせる台詞だったり、行動だったり、知り合いが登場したりする。
2巻を読み終わるころは、主人公の隠された過去が気になりながら各エピソードの深まっていく謎に気が付けば流されているのだけれど、5巻を読んだくらいから「待ってくれ」と一言物申したくなるもっと大きな潮流を感じて新しい「大きな謎」が気になってしまうようになった。
1話の中にも、1シリーズの中にも、それぞれの大きな区切りがあり、ちゃんと落としどころが用意され、そしてその過程で私は常に視点をくるくるとひっくり返され続けた。
そうして行き着く物語の終着で……安心安定のどんでん返しがある。あるけど1回で終わらない。返されたと思ったらさらに返されてまた返され、丁寧に丁寧に両面焼きされる。
待って、ちょっと待って、と右往左往してる間にさらに転がされるので「ええ~~」と言わざるを得ない展開が待ち構えているのだ。
ひとつの話の中で、自分の価値観がいかに簡単に書き換えられてしまうのか、というのを体感してしまう。
たったの10分にも満たないだろう。1冊読むのですら20分もあれば足りてしまうだろう。
そのたったの20分で、ふざけてんのかこのバカ男、と思うキャラクターに愛着がわいてしまう。もうちょっとはっきりものを言えばいいのに、と思うキャラクターの勇気の発露に拍手を送りたくなってしまう。うわいかにも理詰めで嫌なことばっかり言ってくるタイプだ私嫌い、と思うキャラクターを「なんだよ優しいかよ」とすっかり好きになってしまう。うわあ出たよ典型的昭和男…と思うキャラクターのあまりの人間臭さに言葉を失ってしまう。
さらに、そこで終わらない。
物語が解決したと思ったときにさらに追い打ちをかけるような「限りなく正解に近いもしかしたら」が可能性として示唆されてしまったとき。
私はとても「すっきり」してしまった。
結末を思えば、それは「すっきり」とは程遠い薄暗く後味の悪い、感情のすれ違いが引き起こした事件である。
けれど何事も「きっかけはささいなこと」であるのだ。いっそ純粋であるほどの。
はじまりは小さなことだった。のちの事件を思えば小さなことなのだ。よくあることで片づけてはいけないけれど、知らないだけで日本全国世界中に、きっと誰かにとっての「あの人と同じ境遇」の人はごまんといるのだ。
しかしいざ当事者になった時。自分はどうするだろうか。
これを、1話の中で感じたのだから、今はまだ隠されている大きな謎の答えを知ったとき、私の脳はどうなるだろう。
ありえないくらいのカタルシスを感じて、人生にそう何度も無い充足感を味わえてしまうのではないか、とハードルをグングン上げて次巻を待ち望んでいる現在だ。
そして、きっと。
今はまだ、私が気づいていない伏線も既刊7巻の中に、潜んでいる可能性もある。
それに気づけるときが楽しみでもある。
ちょうど現在最新刊の7巻は切りが良いところまででまとまっているので手を出すタイミングとしてはぴったりです。
書籍版の他、各種電子版もあるので気になった方はぜひどうぞ。
kindleでまとめ買いしてもたったの3,234円!!安い!!実質無料!!(私はすぐ実質無料と言いがち)
絵柄については、もしかしたら好みが分かれてしまうかもしれないけれど、この世界を描くにはあの絵で無ければならないのだと思う。
それこそ、絵柄で忌避されがちなジョジョの様に。
あれにハマるとあの絵でなければならない、と感じてしまう気持ちに似ている。
同様にそのうち気にならなくなると思うので「死ぬほど無理」という場合以外は手に取ってみて欲しい。
殺意を隠す感情のミルフィーユ
先ほどの段で、私はこの漫画に潜んでいる伏線について書いたけれど、この漫画はどのストーリーを切り取っても色々な人間の感情が折り重なって出来上がったとても恐ろしい物語だとも思っている。
そして、きっと、この世界のどこかで起こっているのではないかと感じてしまうくらいのリアルさをもって描かれる。
綺麗に重なった感情はさながら殺意を隠す感情のミルフィーユ。
おいしく食べられて、そして胃の中に入ったあと。
ケーキからカッターの刃が「ずっといたよ」と牙をむく。
そのために丁寧に丁寧に重なって時を待つ感情のミルフィーユ。
その中に、綺麗に隠す。刃を。
あなたもこの胃の中をちくりと刺される体験を、してみはどうだろうか。
ミステリと言う勿れ。
これは人間の、営みを覗く本だ。
デザイナー。趣味は博物館ぶらつき、演劇鑑賞。各種遠征もするタイプ。
ここ数年で息をするようにグッズを買う癖がついてしまった。
やっぱさ?ちゃんもも気が合うね!
「ミステリという勿れ」は俺もめっちゃ好き。みんなにオススメしまくってた。笑
川村さんもご存知でしたか!
ほんと面白いですよね…!おすすめしまくる気持ち大変によくわかります笑