どうも、TATSUYAです。
2022年1月は、目の古傷に絶賛悩まされてます。苦しい…汗
「再発性角膜びらん」と診断されて、もう5年以上が経過していますが、これが本当に辛い…。
僕の場合、息子が小さい時、夜な夜な泣きじゃくって暴れて振りかざした爪がダイレクトに左目に突き刺さって、僕はあまりの激痛に救急外来へ。
その時に角膜に傷が深く入ってしまったのが原因となって、今もなお苦しんでいます。
これ…、何の前触れもなく、朝起きて目を開いた瞬間に激痛が走るんですよね。。
僕の症状としては、
・目に激痛が走る
・目が開けられない
・涙も止まらない
・目を瞑っていても痛い
・瞼の裏あたりでゴロゴロした感触がある
・目を瞑っていても光を浴びると激痛が走る
こういった症状があります。
この「激痛」には2種類ありまして、単純にズキズキと激しく痛むのがデフォルトで1つ。
そして、一番シンドイのが光を浴びた時の激痛です。
これが「ズッッッッッキィイイイイイン」って感じの痛みが目から頭部に走ります。
これが本当に痛い。太陽の光はもちろん、家の電気、パソコン・スマホの光でも痛みが走ります。
とにかくこれが酷い時は、本当に地獄を見ます。
・病院に行きたくても外に出れない(激痛に耐えられない)
・眼軟膏を塗ろうにも光という光を遮れない
・涙がとめどなく流れるので眼軟膏の効果が発揮されにくい
こういう負のループ状態に陥るわけです。
「目を隠して病院にいけばいいのでは?」と思う人もいると思います。
もちろん出来ることなら僕もすぐにそうしたいです。
なぜそうしないのか?
実際に、行ったことがあります。一人で徒歩で眼科へ。(距離的には1~2キロ)
その時は、眼帯にタオルで目を塞いでいました。(完全不審者)
結果、どうなったでしょうか?
左目の影響で、なんと右目もまともに開かない状態になり、無理やりあけようとすると意識が飛びそうになりました。汗
そして、あまりの意識の錯乱によって、道の途中でうずくまって、通りすがりの人に助けてもらって、なんとか眼科にたどり着けた感じです。
階段を降りる時でさえも意識が朦朧とするので、外に出られないのです・・・。
本当に意識が朦朧としてきます。怖いほどに。。
なので、この症状が発症すると、布団をかぶって、スマホすら開かず、暗闇の中に飛び込むしかないのです。
タイミングを見計らっては眼軟膏を目に注入するチャレンジをしながら…。
根本治療ができると良いのですが、どうやらないらしいので「乾燥させないこと」を意識しなければいけません。
コイツがいつくるかわからない症状なので、なかなか厄介なわけですね。
ただ、1月はかなり苦しめられたので、出来る限り寝る前には眼軟膏と眼帯をして寝る習慣をつけようとしています。
ただそれでも症状が出る時もあるので、悩みのタネです。
皆さんも目は大事にしてくださいね。汗汗
僕らの職業柄で、スマホ・パソコンの光すら目が受け付けないって致命的です…。
何より、、、痛いんです(Jカビラ)
生体恒常性
さて、僕の余談はこれくらいで終わりにして、今回の本題に入っていきたいと思います。
本日(1月25日)ハイロックス社では全体会議でお話があったように、体制変更があるよ~と通達が出ましたね。
人によっては不安を感じたり、漠然とイメージもつかないという状態の人もいたりするかと思います。それは僕も同じです。
僕も不安もありながら、同時にワクワクもする、という複雑な心境ではあるのが本音です。
ですが、僕はこの不安と向き合うことによって、足を止めないように、意識的に“考え方”を変化させていこうというのが2022年の大きなテーマです。そして、自分との向き合い方、自分自身のコントロール(セルフプロデュース)の上達、しいては人間力の成長です。
これらをまとめて、シンプルに言ってしまえば、僕にとっては「挑戦」ということにもなるでしょうか。
そういう人間臭い部分にもきちんと向き合って、昇華させられる1年にしたいと思っています。
ただし、人間には身体の状態を一定に保つ働きがあると言われています。
それが『ホメオスタシス』(生体恒常性)です。
凄い簡単な例ですが、
寒い時には体温を上げるために身体を震えさせて体温を上げる
暑い時には汗をかいて体温を下げる
というように一定に保とうという性質です。
※気になる方は「ホメオスタシス」で検索検索ぅ!
これがよく使われる(聞いたことが一度はあると思いますが)
「変化を嫌う」という表現につながるわけですね。
変わらない今の自分のままでいるように、働きかけてくるわけです。
一概にこの働き自体が良い悪いではなく、僕にとってどうか?という視点で考えるべきことです。(あなたがどう考えるかはあなた次第)
(現在の)僕は、成長の邪魔をするもの、だと捉えています。
これはある人(敢えて伏せます)と話していて、こんな会話をしました。
僕「キッカケは与えてもらった。本当なら自分でキッカケも掴めたら良いのかもしれない」
相手「そうかもしれないけど、キッカケをキッカケと捉えられたことがデカイ。これからに繋げれば良いだけ。」
とても良い言葉を貰ったなぁ~と感じました。
僕は割と自分を過小評価ではないですが、一人で抱え込んだり、自分が悪いと常に受け止めすぎる性質があります。(そう言われても来ました)
なので、以前の僕だと「キッカケを作れなかった」と考えていたことですが、スッと楽になった感覚を覚えました。
同時に、僕もこのようなキッカケを与えられる影響力のある人間になりたいな~と思っているのだろうなとも思いました。
確かに毎日同じこと、同じボリューム、同じ時間でやることも習慣化していき、安定したパフォーマンスにもつながるという側面もあるかもしれないです。
ですが、やはり成長して、多角的に物事を捉えられ、判断も早く、結果を圧倒的に残せる。そして、仕事が人生の時間の大部分を占めている現状、これを楽しみながらやれないのは結構な苦痛を伴うと僕は感じました。
なので、自分をアップグレードしていって、まだ観たことのない世界や景色を見るためにも、成長は欠かせないと“強く”考えているところです^^
もちろん熱量の注ぎ方だったり、時間の使い方、人生のプランニングなどは、繰り返しますが人それぞれで良いと思いますし、家族との時間も大事ですし、人生の伴侶?パートナー?も重要なファクターです。
それを真剣に自分自身が向き合って、考えて行くことは本当に大事だと2021年から通して、前向きに捉えられるようになってきたと思っています。
まだぺーぺーではありますが、今年は僕的には違った部分での挑戦を意識しつつ、変化にストレスを感じたら「ホメオスタシスぅ~」と捉えながら、行動できるようにしていきます!
あとがき
ちょっと今日は決意表明っぽい感じになりましたが、もう一つ貰った言葉というかストーリーがあって、今も心にあるものがあります。
これは僕が20歳の時に、あるフォトグラファーの方に貰った言葉です。
それがこの「須田誠さん」。
ご本人が覚えているかはわかりませんが、僕は19歳・20歳の時にメッセージを送ったんですね。「NO TRAVEL, NO LIFE」を病室で読んだ当時の僕が。
僕は20歳になる年に、とある病にかかり、人生あと5年と宣言された過去があるんですが、当時はピンとこなさすぎて、病院のベッドで無気力にただ息をしているような感覚で過ごしていました。
当時の話は色々と積もる部分もありますが、とりあえず普通じゃなくなった自分を唐突に受け止めないといけないことに戸惑っていたのですが、そんな中でメッセージを送って、こんなメッセージが返ってきたんですね。
「目標や夢は、口にしないと叶わない。でも、こうして生き抜くと口にしたから、もうそれは叶うね」
引き寄せの法則に近い部分もあるかもしれません。
ですが、当時の僕にとっては、とんでもなく勇気を貰った言葉でした。
というストーリーをちょっとだけ公開したところで、今回の宣言のあとがきとして終わります。
それでは、また!!
マーケッター / 生存率0%を生き抜いたおかげで死生観マン / 「実るほど頭を垂れる稲穂」のように謙虚で柔軟に凛と生きる/ 泥臭い30代を爆進中 / 日本酒が好きすぎてやばい(酒蔵ごと欲しい) /